法人化シミュレーションのやり方|税金と社会保険料込みで手取りを比較する手順

法人化を検討するとき、多くの人が「税金がいくら安くなるか」だけを比べて判断しようとします。しかしこれは正しいシミュレーションではありません。法人化すると社会保険への加入が義務になり、その負担は税金以上に重くのしかかることが多いからです。比較すべきは税金の額ではなく、税金と社会保険料をすべて差し引いたあとに手元に残る「世帯手取り」です。

この記事では、個人事業主のまま続ける場合と法人化した場合、それぞれの手取りをどういう手順で計算すればよいかを順番に解説します。所得600万円・800万円・1,000万円の3ケースでの概算比較表と、結果を大きく左右する役員報酬の設定についても取り上げます。なお、記事中の金額はすべて概算・目安であり、実際の税額は控除の内容や自治体、業種によって変わります。

このページの内容

法人化シミュレーションで比較すべきは「税金」だけではない

ネット上の法人化シミュレーターの多くは、所得税・住民税・事業税と法人税等だけを比較して「法人化すると年間◯万円お得」という結果を出します。しかしこの比較には、法人化すると新たに発生する社会保険料が含まれていないケースが少なくありません。社会保険料の料率はおおむね30%で、会社と本人が折半しますが、一人会社では会社負担分も実質的に自分の会社の支出です。税金の差額だけを見て「お得」と判断すると、実際に手元に残る金額は想定より少なくなります。

「節税額」ではなく「世帯手取り」で比べる理由

個人事業主は国民健康保険と国民年金、法人の役員は健康保険と厚生年金というように、そもそも加入する制度が違います。保障の内容も、法人化すれば傷病手当金が付き、将来の年金額も厚生年金の分だけ増えます。つまり負担と保障の両方が変わるため、税金だけを切り出して比較しても実態を反映しません。生活費として自由に使えるお金がいくら残るかという「世帯手取り」で比較して、はじめて法人化の損得が見えてきます。

個人と法人で比較対象がそもそも違う

個人事業主は売上から経費を引いた所得がそのまま自分のお金です。一方、法人化すると会社の利益と自分の役員報酬は別のお財布になり、役員報酬として決めた金額しか個人としては受け取れません。法人に残った利益は会社の資産であり、配当や退職金として将来受け取るときに改めて課税されます。シミュレーションでは「今すぐ自由に使える手取り」と「会社に資産として残る部分」を分けて考える必要があります。

この違いを踏まえずに「法人化したほうが節税額が大きいから得」とだけ判断すると、法人に利益をため込みすぎて生活費が足りなくなったり、逆に役員報酬を出しすぎて社会保険料に圧迫されたりします。比較の土台をそろえたうえで、税金・社会保険料・手元に残る金額をセットで見ることが、正しいシミュレーションの出発点です。

個人事業主のままの場合の計算手順

個人事業主として続ける場合の手取りは、所得税、住民税、事業税、国民健康保険、国民年金の順に差し引いて計算します。

ステップ1 所得税と住民税を概算する

所得税は所得(利益)から基礎控除や社会保険料控除などを引いた課税所得に対して、5〜45%の累進税率をかけて計算します。住民税はおおむね所得の10%です。所得が上がるほど所得税の税率区分が上がり、負担の伸びが加速するのが個人課税の特徴です。この2つを合わせると、所得600万円前後で年間120万円前後、1,000万円では260万円前後になるのが目安です。

ステップ2 個人事業税と国民健康保険・国民年金を足す

次に個人事業税を計算します。税率は業種によって異なりますが、多くの業種で5%です。290万円の事業主控除があるため、所得290万円以下なら事業税はかかりません。最後に国民健康保険と国民年金を足します。国民健康保険は自治体ごとの算定式で決まり、所得が上がるにつれて負担率は下がっていきますが、上限に近づくまでは所得に応じて増え続けます。国民年金は所得にかかわらず定額です。この4項目の合計が、個人事業主として実際に差し引かれる負担額になります。

法人化した場合の計算手順

法人化した場合は、法人の利益にかかる法人税等と、役員報酬にかかる個人の所得税・住民税、そして社会保険料の3つを計算し、合算します。

ステップ1 役員報酬額を仮決めする

最初のステップは役員報酬をいくらにするかの仮決めです。売上から経費を引いた利益のうち、いくらを自分の役員報酬として受け取り、いくらを法人に残すかを決めます。役員報酬は原則として期首から3ヶ月以内に決めた金額を1年間変更できないため、生活費として実際に必要な金額を踏まえて設定することが重要です。この金額次第で、後述する社会保険料と個人の税負担が大きく変わります。

ステップ2 法人税等と個人の税・社保を計算して合算する

役員報酬を差し引いた残りの利益には法人税等がかかります。実効税率は所得800万円以下の部分がおおむね23%前後、超過分は33%前後です。役員報酬には給与所得控除が使えるため、同じ金額でも個人事業の所得税より課税対象は圧縮されますが、そこに社会保険料が加わります。社会保険料は健康保険と厚生年金を合わせておおむね30%で、会社負担分も実質自分の会社の支出です。法人税等、個人の所得税・住民税、社会保険料の3つを合計したものが法人化後の総負担額になります。

所得600万・800万・1,000万円の3ケースで比較

以下は、役員報酬をおおむね最適な水準に設定したと仮定した場合の概算比較です。数字はいずれも目安であり、控除の状況や自治体、業種によって実際の金額は変わります。

所得(利益)個人事業主の手取り目安法人化後の手取り目安差額目安
600万円約375万円約386万円約11万円
800万円約483万円約510万円約27万円
1,000万円約588万円約630万円約42万円

所得600万円の段階では、法人化しても手取りの差はまだ小さめです。これが「所得600万円前後から検討、800万円超なら多くのケースで有利」という目安の理由です。所得が上がるほど個人の所得税率が重くなる一方、法人税等はおおむね23%前後で頭打ちに近づくため、差は所得が増えるほど広がっていきます。ただしこれは役員報酬を適切な水準に設定できた場合の話です。役員報酬の設定を誤ると、この差は簡単に縮まったり逆転したりします。

また、この比較表には法人の設立費用や維持費が含まれていません。株式会社なら約22〜25万円、合同会社なら約7〜11万円の設立費用に加えて、赤字でも発生する法人住民税の均等割年約7万円、税理士費用などの事務コストがかかります。600万円のケースのように差額が10万円台の場合、初年度はこれらのコストで手取りの差がほぼ相殺されることもあるため、単年ではなく数年単位で見て判断することをおすすめします。

結果を大きく左右する変数は「役員報酬」の設定

法人化シミュレーションで最も結果を左右するのは、税率や社会保険料率そのものより「役員報酬をいくらにするか」という自分で決められる変数です。同じ利益水準でも、役員報酬の設定次第で世帯手取りは大きく変わります。

役員報酬を上げすぎると社会保険料が重くなる

役員報酬を高く設定するほど、給与にかかる社会保険料は比例して増えていきます。おおむね30%という料率は他の負担に比べて大きく、役員報酬を上げるほど手取りの伸びが鈍くなります。さらに所得税も累進課税なので、役員報酬が高くなるほど税率区分が上がり、負担が二重に重くなります。利益をすべて役員報酬として受け取ろうとすると、個人事業主のままとほとんど変わらない、あるいはそれ以上に負担が重くなることもあります。

役員報酬を下げすぎると生活費と将来の退職金設計に響く

逆に役員報酬を低く抑えると、社会保険料と所得税・住民税は下がり、法人に残る利益が増えます。しかし法人に残った利益は会社の資産であり、自分が生活費として自由に使えるお金ではありません。役員報酬を下げすぎて生活費が足りなくなれば本末転倒です。また厚生年金は報酬額に応じて将来の受給額が決まるため、極端に低い役員報酬は将来の年金額にも影響します。生活に必要な金額を土台にしたうえで、税と社会保険料のバランスを見て調整するのが現実的な進め方です。

役員報酬別の手取り早見表

社会保険料の会社負担分も自己負担相当として計算した、役員報酬別の個人の手取り目安です。法人に残る利益は含んでいません。

役員報酬(年額)社会保険料の目安所得税・住民税の目安個人の手取り目安
300万円約90万円約15万円約195万円
500万円約150万円約35万円約315万円
700万円約210万円約70万円約420万円
900万円約270万円約115万円約515万円

役員報酬が上がるほど手取り率は下がっていきます。この表だけを見ると役員報酬は低いほど有利に見えますが、下げた分だけ法人に残る利益が増えるだけで、生活費として使えるお金が増えるわけではありません。生活に必要な金額と、法人に資産として残しておきたい金額の両方を踏まえて設定することが重要です。

ネットの簡易シミュレーターの限界

検索すると数字を入力するだけの簡易シミュレーターが多数見つかりますが、そのまま鵜呑みにするのは危険です。限界を知ったうえで、参考程度に使うのが正しい使い方です。

社会保険料が入っていないシミュレーターが多い

特に注意したいのが、税金の比較だけで社会保険料を含めていないシミュレーターです。この記事の冒頭で述べたとおり、社会保険料はおおむね30%と負担の大きい項目で、これを含めるかどうかで結論が変わることも珍しくありません。また消費税やインボイス制度の扱いも考慮されていないものが多く、課税売上1,000万円を超えていてインボイス登録済みの場合は、免税事業者としてのメリットがそもそも限定的である点も見落とされがちです。

あなたの数字で計算し直す価値

簡易シミュレーターは家族構成、扶養の有無、既に加入している保険料の水準、業種による事業税の差、設立費用や均等割といった細かい前提を反映できません。株式会社なら約22〜25万円、合同会社なら約7〜11万円かかる設立費用や、赤字でも発生する法人住民税の均等割年約7万円も、初年度の手取りには影響します。ざっくりした目安をつかんだら、自分の実際の数字を税理士に渡してシミュレーションし直すことで、はじめて意思決定に使える精度になります。

よくある質問

シミュレーションはどこに頼めば正確になりますか?

ネットの簡易シミュレーターはあくまで目安です。正確な数字を出すには、実際の所得や家族構成、加入している保険の状況をもとに税理士に計算してもらうのが確実です。ISJでは法人化シミュレーションから会社設立、設立後の記帳・決算まで一貫してサポートしています。

役員報酬は途中で変更できますか?

原則として期首から3ヶ月以内に決めた金額を1年間変更できません。期の途中で自由に増減させると、その分が損金として認められなくなることがあります。シミュレーションの段階で年間を通して無理のない金額を決めておくことが大切です。

社会保険料はどのくらい重く見ておけばいいですか?

健康保険と厚生年金を合わせておおむね30%が目安です。会社と本人の折半ですが、一人会社では会社負担分も実質自分の会社の支出になるため、役員報酬の約3割が社会保険料で消えると考えておくと資金計画が立てやすくなります。

まとめ:税金と社会保険料をセットで見て、自分の数字で確かめる

法人化シミュレーションで大切なのは、税金の額だけでなく社会保険料込みの世帯手取りで比較することです。所得600万円前後から検討を始め、800万円を超えると有利になるケースが増えますが、その差の大きさは役員報酬の設定次第で変わります。ネットの簡易シミュレーターは大まかな傾向をつかむには便利ですが、社会保険料や消費税の扱いが抜けていることが多く、最終判断には向きません。

ISJでは、所得や家族構成に合わせた法人化シミュレーションから、会社設立、設立後の記帳・決算まで一貫してサポートしています(顧問は月額15,000円から。全国オンライン対応)。自分の場合の手取りがいくらになるか、正確な数字で確かめたい方は初回相談でご相談ください。

あわせて読みたい関連記事

このページの内容